医療法人社団息栖会 あきら医院 大野原 神栖市 茨城県 内科 胃腸内科 小児科 心療内科

院長中島章の
自然から学ぶ東洋医学

 

 

四月編

「自然界の乱高下」


「春の嵐」 

 二十四節気の春分から清明の頃は、春うららの日でも朝晩の気温差は大きく、短期間に気圧が変化し天気が下り坂になります。南の方から湿った暖かい空気が流れ込んでくると、気温が一気に上がりますが、寒気が北から下ってくると、上空で寒気と暖気がぶつかりあい、雨雲が発生、大気も不安定になり、ときに台風なみの低気圧(春の嵐)や雷雨(春雷)、気温が下がれば四月の雪という天気模様となります。移動性高気圧と温暖低気圧が短い周期で交互にやってくるので天気が変わりやすいのです。同じように人間もこの時期(冬から春への移り変わりの頃)に体調を崩し易くなります。これは、自然哲学から誕生した東洋医学の観点で眺めるとよく理解できます。人体を日本列島に置き換えて視ると、体内で起きている変化(気・血・水の質や量のバランスの乱れ、五臓の機能と連携の乱れ)の影響が自律神経の機能を大きく崩して、体調不良(血圧不安定、眩暈、頭痛、倦怠感等)が起きると考えられます。体内の異常気象に対応できるよう、日頃からの養生(漢方的養生)が求められます。

 



 

三月編

「新たな命の誕生」


「芽吹き」 

 立春を過ぎ、春一番の南風が吹く頃に春の季節を迎えます。自然を観察すると、啓蟄(けいちつ)の意味通りに小さな虫や植物たちが活動を始め、落葉樹の枝には新しく葉になる芽(新芽)が誕生しています。落葉と新芽の誕生を繰り返す命の営みが地球の誕生以来くり返されています。同じ自然界の一部でもある人間の変化を細胞レベルでみると、働きを終えた細胞が死滅し、そこに新しく細胞が誕生して、その臓器の機能を維持するという仕組みが働いています。東洋医学の陰陽五行理論でのは、水(水分の調節)、納気(肺と呼応して吸気を腎に収める)、蔵精(親から受け継いだ先天の生命の元と飲食から補充した後天の精を蔵す)などを司り、発育・生殖に関与して、妊娠、骨・筋肉の形成・造血等に大きな働きをしています。腎の働きを保つことは、生殖(妊娠)や腎以外の五臓(肝・心・脾・肺)の機能維持に大きな力を発揮します。人間も一生という時間のなかで死と再生という対の営みを繰り返しているとも言えるのです。一つの命(細胞)が実は全体の命(人体)でもあり、そう考えるとこの小さな命の頑張りには愛しさを感じます。

 



 

二月編

「寒邪とはなにもの」


「ツララ」 

 節分の前までは凍てつく寒さの日々が続き、日差しが届かない北向きの場所や北風が吹きすぎる地面が凍結する様子が見られました。天候を科学的に調べる気象学は、人体健康状態を診たてる東洋医学を理解するうえで助けになります。健康を維持するためには、陰と陽のバランスが大切です。気温で言うと、陰と陽の極みはそれぞ寒冷高温に当たります。は人体を傷つける性質(邪)を有しており、体を冷やすことで免疫系の働きが抑えられます。この時期は湿度が下がり、大気が乾燥するため、五臓でいう水不足(虚)します。水の不足は体表面(乾燥肌)ならず外界と交通する器官(鼻・口腔・気道・排泄排尿器官)粘膜の機能低下を引き起こし、種々の感染症を招きやすくしま。さらに五行法則のなかの腎(金)心(火)傷つけ心・血管系の事故を引き起こします。このように人体を傷つける作用寒邪と呼んでいます。立春の頃からは、日差しの陽気が増してくるので、日ぼっこしている猫の傍らで、お茶をすすりながら、庭に差し込む陽光に照らされる景色を眺めると、春(光の春)訪れを体感できるかもしれません。



 

一月編

「自然光の故郷・太陽」


 

 日照時間が、冬至を境に少しずつ長くなってきています。日の出が少しずつ早まり、日没がどんどん遅くなってゆきます。太陽からの光(自然光)は、地球上の気候に大きな影響を及ぼし、また植物や生物に多大な影響を与えています。地球上に多様な生物が生息できているのも太陽から地球までの距離が、偶然にいまの距離だったことで生命が誕生する環境が生まれたと考えられ、まさにそれは奇跡の距離だったのかもしれません。東洋医学では、冬至の翌日から太陽の力が蘇って陽の気が盛んになってくると考えています。冬至は陰の極みで翌日から再び陽に還ると考えています。心身が健康とは陰と陽のバランスがとれた状態です。日常の風景で日差しが当たる場所と影の場所があるように人体にも陰の要素陽の要素があり、それらがバランスをとりながら存在しています。陰・陽を意識しながら風景の中の(光)と(影)を眺めて見ると思わぬ発見があると思います。



 

十二月編

「自然時間」


「落葉時計」

 この季節、自然の風景が大きく変化します。樹木の紅葉が現れ、風や雨、空気、気温の変化に応じて、紅葉を始め、最後に命を閉じ落葉します。地上に積み重なる落葉は、砂時計の砂粒のように時の経過を教えてくれます。現代社会は標準時間により世の中が動いているので、人もその時間に支配されているといえるかもしれません。しかも、それは人為的であり、本来人間が持つ生物学的時間(遺伝子)と擦(ズレ)た生活をすることになり、時差のために代謝の不均衡を生じ、体調を損う一因にもなり得ます。自然界を流れる時無限です。日照時間の変化に反応する植物は、発芽・開花し、そして葉の養分を幹に戻し、落葉することで翌年の萌芽の誕生を助けるという永遠の営みをしています。人間に当てはめれば、有史以来の進化の過程そのものです。それは、記憶の層として刻まれてきました。そこには風景、香り、触感、味覚等の五感記憶の粒子となって堆積しています。身体を流れる時間(自分時間)は、ひとりひとりに備わっていて、今という時を生きています。今年の干支(虎)の暮らしの記憶の層の上に、来年の干支(卯)の記憶(幸福・健康)を重ねたいものです。



 

十一月編

「自然は芸術の泉」

樹形の美2
「樹形の美2」
樹形の美1
「樹形の美1」

 有史以来人類は自然の中に美を見だし、それを表現(芸術)してきました。旧石器時代の西ヨーロッパの洞窟の壁面に描かれた絵(洞窟壁画)や古代中国の青銅器、そして日本では縄文時代に土器(火焔型土器)がつくられ、実用性を超えた美的な表現(芸術)を生みだしました。自然と一体化しながら生きていた人類は、自然の中の美自身の心を反映し、それを形として表現していたといえるでしょう。自然と向き合うことで、自然が持っている微妙なエネルギーが自分を支えてくれます。まさに自然は芸術の源泉であり、人類はそこから命のエネルギーを獲得してきました。古代中国では、木は生命宇宙の表象と捉えられ、信仰の神が宿る存在と敬われてきました。幹の太さ、木肌が持つ質感や肌触り、枝の伸び具合、曲り具合など、樹形が持つ多様性は、人間の多様性に通じるものがあります。このように有史以来、人類の営みの歴史に芸術は深くかかわり、ひとりひとりの遺伝子のなかに美意識の遺伝子が受け継がれているのです。誰しもが素人でも、生まれながらの芸術家なのです。



 

十月編

「風の行方(動き方)」


「萩の花と蝶」

 大地を吹き抜ける風、その姿は目に見えませんが、皮膚の感覚や風に揺れる枝葉の動きを見て、人間は風の存在を知ります。微風、強風、暴風、竜巻と、風はその吹く方向や強さ(風速)、気象条件により刻々変化します。自然界が大宇宙なら、人間は小宇宙と捉える東洋医学健康観では、人間全体を司どる気・血・水は、自然界での大気と捉えられます。体内をめぐるもそのものを観察できませんが、生命活動を担う大事な要素です。気が働かない(気虚)との働きにも変調を来たし、生体機能のバランスが崩れます。また、気が大きく乱れると、血圧が急激に上昇したり、ときには血管壁を壊す事態(出血)を招いたりすることもあります。これは、暴風により巨木が根本から折れてしまう自然災害に類似します。草原を吹き渡るそよ風が心地良いように、心身が健やかな状態では、気血水体内を順調に巡っている状態です。気象学者ローレンスは、『アマゾンで蝶が羽ばたくと、遠く離れたテキサスに竜巻が起こることの可能性』につき論じました。些細な出来事が、後の出来事のきっかけとなることを示す寓話ともいえます。自然界(大気)はとても複雑なシステム系からなります。互いに影響しあっているので、全体の様子が、これから先どうなるかを予測(天気予報)するのに、現代ではカオス理論に基づく数値解析により気象予報がなされています。一方、今から二千年以上も前、古代中国では、自然界の森羅万象木火土金水の五つの要素からなり、互いに作用しあって刻々の現象が現れると考える自然哲学が生まれました。そこから派生した東洋医学は、人間を捉える方法として五行論と陰陽を軸に発展し、現代のカオス理論(複雑系の現象を理解する方法)に匹敵する理論を生み出しました。互いに影響し合う(相生と相剋)関係にあるという考え方です。もし時間ができたら試しに蝶の気持ちになって、人間に備わっている68個の関節を蝶の羽の ようにかすと、のちに運(健康)を呼び寄せるかもしれません。これこそが運動です。 


 

九月編

「土の色いろいろ」


「土と鍬」

 中国は日本の国土の25倍もの広い大地を有しています。古代中国では、土壌の色から土地を五つに分けて呼ぶことがありました。一つ目が、黄色の土である黄土(おうど)です。養分豊富な水が流れる黄河流域に世界最初の文明(黄河文明)が誕生しました。二つ目が赤土(あかつち)です。これは鉄分を含むために赤色調を呈します。中国の西南に位置します。三つ目が黒土(くろつち)です。腐葉土(有機質)に富む土地のことで黒色調を呈し、中国東北部に位置します。とても肥沃な土地です。四つ目は白土(しらつち)です。砂粒などの無機質を含む土地で白色調を呈します。最後が青土(あおつち)です。田んぼの深い層に見られ、含有酸素が少ないので青緑色を呈しています。揚子江(長江)流域で稲作が盛んです。このように土の性質の違いは土地の環境(気候や地形)から起き、それが色の違いに表れているのです。家庭菜園で、最初にする作業が土作りといわれるように、作物を育てるには土はとても大事です。人間の體(カラダ)をつくるのも同じで、食事が基本です。陰陽五行での土は、人間に当てはめるとで、色調ではに当たります。脾とは胃腸のことです。栄養分を吸収して命を養う、まさに自然界でいうところの土にあたるのです。暑さの邪で傷ついた脾を本来の働きに回復させることが、秋から冬にかけての健康維持に繋がります。酢の物(弱 った肝を補う)や滋養に富む食材(自然薯、卵)を摂り、食欲を出す薬味(気を巡らして火=心臓を助ける)に気を配り、必要なら生薬(方薬)を利用して夏の邪で傷ついた胃腸を回復するよう努め、風邪や寒邪から身体を守る體(免疫力)作りに備えたいものです。時間があるとき、庭の土が何色か観察してみるのも面白いでしょう。



 

八月編

「方角といえば」               

 お盆の時期を迎えました。先祖の霊を供養する風習ですが、仏教の世界では、死者がいるといわれるあの世は、方角でいうと西方に位置すると考えられています。東洋哲学の陰陽五行論では、東西南北のそれぞれに意味を置いており、西の方角は五行でいうところの金(五臓は腎)に当たります。また西日が強くなり、高温多湿の気候から、熱中症(漢方では熱邪・湿邪が原因の暑気当たり)に要注意です。胃腸(脾)が弱っていると、水やミネラル(金属)を司る(つかさどる)腎の働きが十分に機能しなくり脱水症(陰の枯渇)になる心配もあります。お盆の時期は、先人の智慧に従い、遠方への外出を控え、涼しいところで(コロナ禍で里帰りが難しいときは、自宅で西方に向かいながら)先祖を偲ぶ時間に当てたいと思います。



 

七月編

「夏といえば」


「診察室から見える夾竹桃と空」

 早々と梅雨が明け、暑熱順化(徐々に暑さに体を慣らしていくこと)ができないまま、酷暑の夏がやってきました。自院の庭を眺めると、植物の命が日々脅かされ、人間の体幹に相当する茎や、皮膚に相当する葉が傷めつけられています。この気候変化を起こした原因は、まさしく地球温暖化です。世界中でその対策がなされていますが、同時に必要なものが東洋医学の智慧です。古来、先達は環境に適応していく智恵を2000年に渡って蓄積してきました。それは、健康維持のための智慧です。もちろん自然科学が日進月歩発展してきた西洋医学も、人類に大きな成果をもたらしているのは事実ですが、光(恩恵)が強い分、影の部分も際立つという側面があります。東洋医学では、環境の大きな変化にどう対処するか、その考えの根底にあるのが陰陽・五行という自然哲学です。巡る季節では、(寒気)と(太陽の活動)がそれぞれ衰退を繰り返しており、夏季は陽が最大陰が最小となります。東洋医学(漢方)では、人間も植物も同じように自然界の一部と捉えます。健康を保ち、病を治す(癒す)とは、人体の陰陽のバランスを保つことであり、その考え方から生まれたのが漢方薬です。ただ、薬(漢方・西洋薬)を飲む前にとても肝要(肝腎)なことがあります。それは養生(病の予防)です。今年、北海道で開催された日本東洋医学会で「養生とは自分と向き合うことという講演がありました。日々の暮らしの中で、自分の心身の陰陽のバランスを図るという姿勢が大事というお話でした。移動制限が緩和されたこの時期、もし旅行するならできるだけ早く出発し、太陽が真上にくる前に着いて冷房のある部屋で体を休め、飲水(陰を補う)することで陰の損傷を防ぎたいものです。ちなみに、江戸時代の俳人松尾芭蕉は東北と北陸に旅立つ前に、足三里のツボに灸をすえて(健脚と疲労防止)、5月16日の早朝、江戸(千住)を発ってます。先人は旅の養生として足三里の効果を経験的に知っていたのです。先人の智慧に学ことの大切さめて気づかされます。



 

六月編

「水についてのあれこれ」   

 全国各地で梅雨入りしました。シトシトと降る適度な雨は、植物や人間にとって恵みの雨ですが、雨雲が一か所にとどまり大量の雨が降り続くと大きな水害をもたらす邪悪な雨になります。人間も水無しでは生命を維持できないので、古来より命の源泉として尊ばれてきました。自然界では干ばつと氾濫という自然現象があり、人類はそれらと対峙しながら用水路や治水という文明を築いてきました。一方、東洋医学の世界で水は、気・血・水という考え方で捉えられています。水(腎)は木々(肝)の成長に欠かせず、ときに溢れる水は堤防の土(脾)で防ぎます。これを人体に充てはめてみると、腎臓は水の調節に欠かせない臓器であり、胃腸(脾)の調子が体内の水分の過不足に影響を及ぼすと考えています。水は肌の潤いや、人体のありとあらゆる粘膜(目・鼻・口腔・胃腸・生殖器)の機能維持に働いているのです。梅雨空のもと、庭の植物の元気を感じつつ、自分の体内環境を水の視点で眺めて診る(腎・脾の調子)ことが私の元気に繋がっています。


 

五月編

「五月の空」


「五月の空」 

 どこまでも澄み渡る青空、この季節は安定した高気圧に被われると、すがすがしい晴天となり、心身を元気にさせてくれます。太陽から降り注ぐ適度な陽気と新緑の木々の間を吹き渡ってくる爽やかな風の相乗効果かもしれません。地上では、植物、生物、動物などの生命活動が盛んになります。陰陽五行でいうところの、木(肝)・火(火)・土(脾)・金(肺)・水(腎)がバランスを取りながらエネルギー活動を活発にしている状態です。日本では、この季節は社会生活での環境の変化が大きい時期です。環境に慣れようと無理を重ねる(過剰適応)と、エネルギーを廻す陰液を消耗してしまい、結果として気の停滞(気鬱)を招き、心身の不調(五月病)きたすことがあります。さらに、この時期の気候の特徴(ときに大気が不安定)が気象病として体調にも影響を与えています。一日のどこかで無為の時間をもつことは、気や陰液の補充に必要です。休むこと(睡眠・無為の時間)の重要さは、脳科学的にも東洋医学的にも極めて大事です。疲労を感じたら(疲労を感じ取れることが大事)、心身一如としてのバランス(調和)を保つため、公園の芝生に寝転んで、五感すべてで青空を眺めたいものです。